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あらゆる鳥のしらべ

埋めつくす本たち
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失せ物 ・剣風帖

帰る道すがら、人数の多い彼らは、数個のグループに分かれる。

「何、またやっちまったのか?」

車のエンジン音や雑踏を制して、蓬莱寺のぼそぼそ声は、よく通った。
相棒の隣にいる時、いつもそうするように、肩をきゅっとすくめた蓬莱寺が、緋勇に顔を近づけている。
緋勇の返事は、聞こえなかった。


「……鍵?」
「うん」
少し顔を赤らめ、緋勇は、カバンのあちこちを探っている。ファスナーを開けて手を差し入れ、次の隙間に移しては首を傾げる。
「前も、ここらへんに引っかかってたから多分ここに、あると、思うんだけど……」
ノート、クリアファイル、教科書が幾冊か、財布、ペンケース。
無造作に、小石や砂の上に投げ出したものを尻目に、緋勇はカバンを探り続けている。
壬生は、身を屈め、一番分厚い赤本に手を伸ばした。
「鍵って、これのこと?」
「あ!」
ちらりと覗いた銀色の頭は、引っぱり出してみれば確かに鍵だった。
安っぽい、複製された鍵を見て、緋勇は顔を赤くした。
「ありがとう! 助かった! 京一を呼ばなきゃいけないかと……」
蓬莱寺と、緋勇の鍵の行方がどう関わるというのだろう。
壬生は、曲げた背を伸ばし、指先の鍵を手のひらに握った。
緋勇は安心したように、放り出したカバンの中身を戻している。
「俺、おっちょこちょいで。この前は、スペアキーまで無くして、どうしようもなくて京一んちに泊めてもらって、京一の親に、鍵開け屋を頼んでもらったんだ」
赤本を、ぐい、と薄いカバンに押し込んで、緋勇は薄く笑った。
「すごく迷惑かけたんだけど」
立ち上がり、カバンを持ち直して壬生の横に並んだ緋勇は、ふわふわと笑っている。
「スペアのスペアがいよいよ出番かと思って、焦った」
「スペアの…?」
「あんまり無くすから、京一に1個預けたんだ。正確に言うと、京一んちに」
旧校舎の方から、強く風が吹き、龍麻の髪がザッとなびいた。
「今から京一んちに行ったら鍵無くしたってばれて、夕飯とか心配されて、まあ、たぶん泊まってく話が出るだろうから、ほんと助かった」
ありがとう、と重ねて言われながら、壬生は、うつむき加減の緋勇を見やった。どことなく小さく見えるような、肩をすくめた姿を見下ろしながら、手のひらの痛みに、銀色の金属片をめりこませるほど握っていることに気づいて、力を緩めた。
「壬生もひとり暮らしだっけ」
「そうだよ」
「しっかりやってそうだ」
「どうかな」
確かに、鍵を無くしたことはない。
鍵を無くしたら、と恐れる気持ちが、もっと幼い頃には、張りつくようにいつもあったような気がする。
「君は、ひとり暮らしは初めてなの?」
「そう思うよねえ。それが、けっこう長いんだよ。鍵っ子歴は小学1年からだし」
鍵を無くすことを、緋勇は怖がらなかったんだろうか、とふと思って、壬生は小さく首を振った。
「たいがい、カバンとかランドセルのすみっこにあるんだよ。落っことすところまではいかない。だからかなあ、ああまたか、って思って、それでまたやるんだ」
無くしたことは?と聞かれて、首を振った。
「……キーホルダー」
「え?」
壬生は、手のひらを上に、歩みをゆるめずに鍵を差し出した。
「キーホルダーをつければ、無くしにくくなると思うけど」
ああ、そうか、と声をあげた緋勇は、鍵を取ろうともせずに忙しなく頭を上下させた。
「そうだよね。カバンの中で行方不明にはならなくなるよね」
壬生は、そっとため息のようなものを発して、赤々と照明の輝くファストフード店に向きを変えた。
緋勇が、わずかに歩幅をひろげて追ってきた。


「…………上手だね」
「そうかな? ありがとう」
歯を使うのはやめ、小さなハサミで、糸留めの際を切った。
奥まったテーブル、店内に背を向けるように2人隣同士に並んでいる。目の前の暗い窓には、その向こうに輝く街灯と、頬杖をついた緋勇、メガネをかけた自分の顔が浮かんでいる。
針山の針を数えてから、壬生は、ケースのファスナーを閉じた。
緋勇は二杯目のホットティーをちびちびと飲んでいる。先に何か食べたらいいと言ったのだが、飲み物を口にしただけで、オーダーもしていない。
「さすが手芸部っていうのかな、すごい」
壬生は、自分のコーヒーを取った。緋勇が今し方、作業の終わりを察して買ってきたので、十分に熱い。
「羊かあ。可愛いな」
コーヒーカップを傾けながら、壬生は、テーブルに置いた完成品を拾い上げた。
「はい」
緋勇の鼻先に、その、あり合わせの生地で作った、カラフルな小花柄の羊を差し出した。
「え。え?」
「その紐に、鍵をつけたらいいよ」
「え」
「ほら、貸して」
ちっぽけな鍵と、手のひらよりも大きな羊を、寄り合わせた刺繍糸でくくった。
羊の首に、鍵が下がっているような格好になった。
「この羊をカバンの中で無くすようなら、君のおっちょこちょいも相当だと思うよ」
ぽん、と羊をトレイの中に置いて、壬生はコーヒーカップに視線を落とした。
すぐ隣で、緋勇は、そっと自分のカップを置き、羊を手にした。
壬生はまっすぐ前を向き、目をカップから上げずにいる。
明かりのにじむ窓ガラスに、ちらちらと人影が映る。緋勇は、羊を手の中におさめたようだ。
ぼやけた影でわかるのは、それくらいだった。
「…………これなら、きっと、無くさないよ」
「そう」
それは良かった、という言葉を飲みこんで、壬生は顔を伏せた。



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