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あらゆる鳥のしらべ

埋めつくす本たち
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初霜 ・外法


日に日に寒気がつのる頃だが、天狗はそれをいとわない。
しんと冷えた朝、袷一枚で表をふらり歩く横を、綿入れに身を包み背をこごめた人々が通り過ぎていく。
「おお、さぶ」
すれ違った人足の悪態をなぞるように、天狗はつぶやいた。
低い瓦屋根を霜が縁取り、そこへ朝日があたってみるみる溶け、滴がほたりと落ちる。
かっと顔を照らすに目を細めて、後ろ頭を掻いた。
「さぁて。どないしよか」
馴染みの茶屋へ寄り、眠気の勝った敵娼の、とろりとぬくい布団にもぐりこむも良し。
女の機嫌を取りながら一服つけて、茶漬けの一杯もかすめよう。
「悪うないなあ」
次の角、小さな社を行き過ぎて決めようか、と思案して、口角を下げ笑う。
その隻眼が、ひょ、と見開いた。



「龍斗。何しとる」
頤を上向け、仰向き逆さになって們天丸を見上げた顔。
驚くそぶりのない様子で、奥二重のまぶたをはたはたと瞬いている。
鳥居の礎石に背を預けた龍斗は、じっと們天丸を見つめてから口を開いた。
「……おはよう」
「おはようさん。まあ、確かに朝やけどな? 龍斗は、ここで何しとるんや」
手を置いた鳥居の御影石が氷のようだ。
小さな鎮守の森だが、それにさえぎられ、社のこちら側はすっぽりと日陰になっている。
狭霧のただよう空気も冷たく、地べたには、びっしりと霜が生えている。
「いつからここにおるんや」
返事がない。
よく見れば、小刻みに揺れてはいないか?
とっさに手で払った切りっ放しの髪が、濡れていると言うにはほど遠い、針のようなかすかな、霜の折れる音をたてた。


朝から客商いをするような界隈ではない。
居続けていたならともかく、いかな們天丸といえど、連れごと飛びこんでこられていい顔をする茶屋など無い。
それをどうにかこうにか言いくるめ、火のおこった長火鉢と、薄っぺらくはあろうと掻い巻きを手に入れた。
掻い巻きにくるまれた相手を横目に、們天丸は、熱い湯飲みを脇に置いて煙管をふかす。
だらりと行儀悪く長火鉢に腕を置き、もう一口吸い付けて、ぽかりと煙を吐いた。
掻い巻きと手ぬぐいでぐるぐる巻きになったお化けは、ちんと座って動かない。
その筒のような上方が、くらりと揺れる。
「ぬくうなったか?」
今度も返事はない。
が、くらんくらんと揺れる、手ぬぐいに包まれた頭が答えだ。
「あほやなあ」
ぱ、と煙を吐く。
「はぐれた、て? 財布も持たんと?」
ぱ、ぱ、と続けて煙を丸くしてから、銀管を盆に打ちつけた。
刻みを詰めながら、また一言。
「あほう」
煙が上り、合間合間につるつると小言があふれてくる。
軽みを強みの天狗ともあろうものが、これでは小言小兵衛だ。いったい誰のせいやら。
くらん、と掻い巻きが揺れる。
「寝てもおらなんだやろ? あほかいな」
「……寝たら、死んでしもうやろう」
「当たり前や、龍斗はあほやな」
風を切り、雷雨と氷に乗る們天丸とは、土台が違うのだ。
霜で凍りつき、凍え死んでも不思議でない。
鷹揚に煙管をもてあそび、間延びした京言葉で、們天丸はほろほろと続けた。
「なんで、あんなところに居ったんや?」
掻い巻きは、ゆらゆらと揺れている。
們天丸は、ふん、と勢いよく鼻を鳴らし、長く吸い付けた息を、そのまま掻い巻きの上あたりに吹き付けた。
けんけんと咳がするのを眺め、一瞬の勢いを脱ぎ捨てたように、だらりとまた一服。
「ああ、あほらし」




それは小さな社だった。
小さいながらに御影石の鳥居も森もある。
娼たちが通うのか、札が幾つもかかっている。
袷の袖を揺らしながら、天狗は後ろ頭を掻いた。
霜がぱりぱりと足下で鳴っている。
火のない煙管をもてあそびながら、天狗は目をすがめた。
鳥居の下には、びっしりと霜が輝いている。

そうして、誰も、そこには居ない。

「あほらし」
天狗は、ひょいときびすを返した。

誰も居ない社を背に、霜を折りながら行く。

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