そこには、龍斗がいた。
居ただけならば、現と見まごうて良かったのだが、姿が違う。
身にまとうのは練り絹。
口に紅。
爪先には淡い色。
短い髪には、耳の上辺りに絞りの房が結ばれている。
ああこれは夢ではないか。
龍斗が膝をつくのは、苔の上だ。
夢の中でも、布団はなしかと思いながら、何を見ているのかと問うた。
まことに夢らしく、いつもは口の重い龍斗が、するすると応えた。
「穴を見とる」
「穴?」
そこは美しい深緑の苔だ。
木漏れ日がチラチラと動き、深緑が冴える。
「この穴」
指がさす。
ほんのり赤い色は、何で染めたのやら。
夢とは言え、なんでこうも着飾らせたのだろうと、天狗は龍斗のそばに寄った。
「どこにそんな穴があるんや?」
何も無い。
穴などどこにもない。
そこにあるのは、美しくかぐわしい苔と、綾錦のように降りそそぐ紅葉と、木漏れ日だ。
なのに、綺羅綺羅しく飾られた龍斗は、じっと一点を見つめて動かない。
「なあ、そんな良いべべ着て、どこへ行く? 們ちゃんに言うてみ?」
あやすように言葉を紡ぐ。
丸い頭のてっぺんで、きれいに渦を巻くつむじに。
桜色の耳たぶに声を忍ばせたくはあったが、それは夜だ。
杉木立の真ん中で、碧の匂いに包まれて、們天丸はささやいた。
「こっち見」
「穴がある」
龍斗はそう言って、手を、何度もぺたぺたと苔に這わせては、身を乗せるように前屈みになり、やがて疲れたように顔を覆った。
「穴が……」
「穴なんぞどこにもない。そうやろ?」
繰り返しささやいた。
耳元で、静かに声を忍ばせた。
赤い紅葉を幾枚も髪や着物に飾って見せては、言い聞かせた。
穴など無い。
どこにもない。
どうか、堪えてわかってくれ。
お前をここから出せばどうなるか。
ここにいて欲しいのだ。
「穴が」
「なんで、もんちゃんの言うことが聞けんのや?」
獣の本性を暴かれてしまう。
杉木立の、綾錦のごとく落ち葉が舞い散る下で。
「穴が」
「黙り」
はっ、と息を吸いこんだ。
夜気が瞬時に鼻の奥を刺して、咳き込みそうになる。
枕元の紙を探りに半身を起こし、その向こうに横たわる影を見た。
龍斗の寝息が聞こえた。
雨宿りで潜りこんだ荒れ寺は、どこもほこり臭くてやるせない。
ぴちょん、とどこかで滴が落ちた。
そういえば雨漏りがしているようだ。
これが「穴」か、と笑った。
「ほんに、けったいな夢を……」
笑って、目を閉じようと身を横たえた。
その耳に、小さく小さく、雨漏りの音よりも小さく、それこそ夢うつつのような泣き声が。
「穴、ふさがんと……」