玄関でコートを脱ぐと、それだけで涼しくなった。
洗濯機の上に適当に広げて、台所へ行く。
今日も遅くなると言ってあったので、寝ていてくれればいいと思ったが、電気が消えているのを目の当たりにして、ひそりと胸の奥で薄い羽根のようなものが動いた。
居間の明かりも消えていたが、テレビがついていた。
青白い画面で、くるくると誰かと誰かが踊っている。
音は無い。
ドアの影になった電灯のスイッチを入れると、青白さは消え、古めかしい木製のサイドテーブルに置かれた、白っぽい葉物を活けた花瓶と、器が浮かび上がる。
戸口に背を向けた椅子で、ゆらゆらと黒い頭が揺れているのを見て、正面にまわった。
「せんせい?」
「おかえり」
間髪を入れぬ返答に、龍麻の顔を覗きこんだ。
「はやかったなあ」
「そうでもないぜ?」
「いえいえ、はやいです。みかどは、もっとおそくなるっていってました」
「へえ」
そのまま、床にあぐらをかいた。
斜め下から、龍麻の顔を見上げると、顎を引き気味にしてからにっこり笑いかけてくる。
「せんせい。酔っぱらってるな」
「うん。そう」
「何飲んだんだ?」
サイドテーブルの上に、やけに小さな器が並んでいると思ったら、盃だの蕎麦猪口だの湯飲みだ。
上体をひねって1つ取りあげ匂いを嗅ぐ。
ぷん、と甘い香りがする。
「ポン酒か……、ん?」
器ごとに香りが微妙に違う。
それと、どれも非常に上品で、安酒は1つもないようだ。
「なんでこんなにチビチビとあるんだ?」
「ひすいにもらった。みんなからも。だいどころにあるよ、びんがたくさん」
肘から先をゆらゆらと揺すっているのは、どうも指差しているつもりらしい。
龍麻は、酒豪ではないが、普通にそこそこ飲める。
ごくたまに量を過ごすことがあると、確かにこういう感じだったな、と珍しさ半分、残り半分をぎゅうぎゅうと腹に押し込めながら、膝頭に片肘をのせ、頬杖をついた。
「なにをあげようかかんがえて、ことしはおさけにしようとおもったんだけどね。あじがわからないのをあげてもしかたないから、あじみして、それできめようとおもったんだ」
「そうか。で、決まったかい?」
「んー。どれもうまかったから、なやんでる」
いつもより温度の高い手が、ぺとりと、頬に添えられた。
「すきなのえらんでくれたらいいよ」
「……へえ」
嬉しいね、と余裕ぶって続くはずの言葉を、つるりと飲まれた。
「おどろいただろ」
おかしそうに笑って、また。
「せんせい」
「んー」
「これが誕生日プレゼントかい?」
「んー、だいいちだんです。あしたもしごとだから、のこりはあすのよる」
「大盤振る舞いだなあ」
「けんたいきのよぼうです」
「けん、ああ、倦怠期ね……」
「しこう、おかえり、たんじょうびおめでとう」
「……寝ちまえ、せんせい。第二弾楽しみにしてるから」
むう、と唇をつままれたのは心外だった。
熱くなった指先は、そのまま左右に動いて、面白みの無いだろう男の唇をなぞり、軽くひっぱった。
「けんたいきだ。もう」
「違うって」
「じゃあ、しょうめい」
「証明ねえ……」
まったく、せんせいの誕生日プレゼントは、最高だな。
今年も倦怠期は回避されました。
※バカップルおめでとう!