唐突に、小さな笑い声が聞こえ、目線を上げた。
肩をキュッとすくめるようにして、笑い声は消える。
だが、その肩が震えだして、笑い声はむせぶように続いた。
「何か、変な味だった?」
行儀は悪いが、おかずを次々つまんでみるが、別におかしなところはない、と思う。
はて、なんだろう?と首を傾げる間に、くっくっという笑い声が大きくなり、じきに止んだ。
「いや、悪い悪い」
「大丈夫か?」
「ああ。しかしせんせい」
「ん?」
「大好きだぜ」
たぶんこれが好物だろうと当たりをつけたおかずを口に、その一言だったが、素直に赤らんだ顔を隠すことは諦めて、龍麻はただ、微笑むにとどめた。
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龍麻は、何でもそつなくやってのける。
だが、時折妙なこともやる。
たまたま。
たまたま早く帰る機会に恵まれて、裏手から台所側へまわったのだ。
驚かそうというつもりではなかったが、足音を忍ばせて行くと、ちょうどタイマーが甲高く鳴りだしたところだった。
テーブルに置いたラジオから、少し古めのJ-POPが聞こえてくる。
鍋を火から下ろした龍麻が、ひょいと菜箸を鍋に入れた。
タイミングを計っていた村雨の目が、ぎょっとして丸くなった。
菜箸で器用につまみ出したのは、真っ白な湯気を上げた卵だった。
殻付きの、いわゆる、ゆで卵。
(箸ってのは、器用すぎるぜ、せんせい)
そう感心したのは、いささかせっかちだった。
「あ」
きれいな弧を描いて、卵は飛んだ。
そうして、明らかに、半熟以前のもろい音をあげて、シンク前の床に落下する。
龍麻は、一瞬、呆然と見下ろしていたが、それからやおら手にした箸を見て、床の卵を見て…と繰り返した後に、ああ、とうなずいた。
脚をかばうように体を屈め、割れて崩れた卵をさらって、床をふく。
それから冷蔵庫に手を伸ばしてもう1個、新しい卵を取り出して、今度は箸を遠ざけた。
一連の仕草を見届けた村雨は、そっと、その場を退いたのだった。
(なぁんにも考えずに、箸で行ったんだろうなあ……)
きょとんと卵を見下ろす顔が、激しくツボに入った村雨だった。
それからしばらくの間、折に触れてニヤニヤと笑っては、天后に不審がられた次第である。