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あらゆる鳥のしらべ

埋めつくす本たち
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幸い ・TOS

草が、揺れる。
ちいさな唇が薄く開き、せわしない息づかいがなお草を揺らす。
ぶん、と音をたてて虫が飛び立った。

はあ、とため息をついた。
子どもは丸みの方が勝った手を地につき、体を起こすはずが、そのまま、動きを止めた。
ついた指の先を、アリが進む。
子どもの体は、その小さな生き物を追うように再び丸まった。
丈の高い草むらの中に、深く埋もれるように。
沈むように。


息づかいを止めて久しい。
隣で身を丸くする妻は、時折、細かく震える息をついたが、彼はじっと、息をするふりすら放棄して、そこにいる。
切れ切れの声は、彼の耳に届いた。
もちろん、妻の耳にも入っただろう。
追跡者の息づかいまでが、言葉の端で上下している。
それが、妻の耳には届かないことを願ったが、無意味な祈りだとわかってもいる。
怯える獲物の気配が、追跡者を引き寄せるかもしれない。
だが、妻の気持ちをなだめるすべを、彼は持たない。
(いたか)
(いや)
(ノルマはあと一人だってのに。どこに隠れたやら)
(無駄口はたたくな)
(了解)
近頃では滅多に無い、人間狩りに遭遇したが、ならばその不運を転じるしかなく、まず、みぞおちの痺れるような、指先を氷に沈めたような、この感覚を殺さなければならない。
彼は、ずっとつかんでいた妻の腕を、ぐっと強く握り、一度だけ揺すった。
細い息が途切れる。
彼ほどでないにせよ、妻も、身を隠すのに必要な程度は気配を殺せる。
視界の隅に写る、妻の唇が音もなく動く。
祈りか、願いか。
なお深く身を屈めながら、彼もまた、音もなくつぶやいていた。


アリは、地面に広げた指の向こうを、行儀良く順に歩いて行く。
それを見ていた目を、そっとあげた。
風が草むらを揺らす。
その音と、どこか調子の合わないざわめき、そうして、渇いた草の茎が折れている音がする。
小さく身を丸め、動かないこと。
その言いつけを、子どもは出来うる限り守ろうとする。
どうしてなのか、いつまでなのか、それらは、聞いてはならなかった。
一人の時は、けして音をさせず、動かず、じっとしていること。
迎えに来るまで、けして。
頬を地面に押しつけて、子どもはじっとアリを見つめた。
小さな石も、起き上がった草の根っこも、アリたちには、とてつもない障害物のようだ。
自分の息でアリを飛ばさないよう、そうっと息をしながら、子どもは身動き1つせずに待った。
小鳥がさえずっている。
太陽は輝いている。
子どもは、一人、隠れている。


「……ロイド」
抱き上げられたのはわかった。
まだひんやりとしていた地面から、ほのかにあたたかな腕に抱えられて、ロイドは頬をゆるめた。
よかった、という声が、小さく小さく聞こえて、頬にひんやりとした手があてられた。
それが冷たくて、くるりと顔をのけたら、ぎゅっとよりあたたかなところへ抱きしめられた。
「もう、おはなししていい?」
いいよ、と言われて、でも何を話そうかと考える内に、また眠くなってしまい、あくびをした。
ミミズがいた。
ハチが、黄色いおだんごをつけた足で飛び立つのを見た。
アリもいた。たくさん。行列を作っていた。
小鳥が何度も鳴いて、その鳴き声を覚えた。
そうして、じっと静かにして、最後まで見つからなかった。
そう言おうと思ったが、父と母が見つけてくれたのだからそれで充分だと思って、子どもは、ふさがるまぶたを素直に閉じた。

今日も、最後まで見つからなかった。



長い長い、恐ろしい鬼ごっこ

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