たぶん、このまま行くと、一生触ることはないんだろうな、とふと思った。
思ったら、ちょっと悲しいような、でも実際はそこまで深刻ではないのだけれど、でも何だかちょっと腑に落ちない気持ちがこみ上げた。
なぜだろう、と夕食の仕度をしながらツラツラと考えて、思いあたった。
「経験の差にちょっと腹が立った」
「……つまり?」
「こっちは一生、その感触を知らないで死ぬんだなあ、と思ったので」
「へえ」
心外なことに、ひどく嬉しそうな顔をされた。
理由を聞いた。
「あんた、俺以外とこういうことをしない、って思ってくれてるわけだ」
「しないよ、それに、そんな物好きはそうそういないと思う」
「ふうん」
さっと笑顔の色が変わる。
今度は、目元に険がある。
そんな感じで、間近でにらまれた。
にらまれるとはどういう事だろう、いっそう心外だ。
けれど、確かにこれが色気のある顔かもなあとしげしげ見つめたら、睫毛が触れあいそうなほど近づいてきた。
(彼の睫毛が、とても長いことを知っている)
吐息の多い声でささやかれる。
「その物好きってのは、案外多いんだぜ?」
「ごめん」
口元を温かく撫でた吐息が、ふっと強く吹き過ぎて、顔が少し遠ざかる。
眉根が寄る、というより、眉尻が垂れ下がっている。
珍しい。
「……あんた、そうやってすぐに、謝るな」
今度は口をつぐんで、うなずくにとどめた。
少し時間をおいてから(隣り合って味噌汁の具を刻む間)、なんでそんなことを考えたんだ、あんたが、と言われて、こちらも眉を寄せながら思い返した。
「京一と会って、色々話して、女の子の話も出てね」
「ほう」
「ガールフレンドに振られたって話が、なんでか女の子がいかに柔らかいかってことになって……」
「……へえ」
「こっちは母親のおっぱいを、さわった覚えもないし、たぶん実際触ってないだろうし」
どれだけもてなくても、普通、それくらいはあるだろうなあ、と思ったら、ね。
そう笑って、おどけたつもりだった。
隣で、ネギを刻む相方は、黙りこくっていた。
「なあ」
「ん?」
毛布に埋まって、とろとろと眠り込むあたりで、呼びかけられた。
いつものように鼻先をつっこんだ腕が、今夜はきゅっと体を取り巻いている。
呼びかけたきり、何も言わない。
その胸に頬をぐっと寄せて、ほうっと息をついた。
「……あったかいなあ」
「そうかい」
「うん。気持ちいい」
京一の言う柔らかさも、ほっそりとしてたわむような骨の細さも、きっともう知ることはないだろう。
「ふーん、お前はそんでいいわけだ」
「そうだね。どっちかって言うと、あっちの方が何だか気の毒になってきた…」
「ああ? なに贅沢こいてやがるんだ、あのムサ苦しい髭ヅラは!」
「何も言ってないよ、落ち着いて」
「かー!」
いつか、あちらのご両親に挨拶に行くべきだな、と真剣に考えていたことを、京一はもちろん、彼も知らない。
※着地点が微妙。ほんとは、もうちょっと下品でした、ネタ的に。※