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あらゆる鳥のしらべ

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気づかない ・剣風帖

「親友に」「決戦の地で」「本気で」、「バカ」と言う壬生



「くれは、」

呼んで、そうして何を言うつもりだったのだろうか。
音が、ぶつりと断ち切られたあとも、それを考え続けた。

たいした傷ではなかった、結局のところ。
高見沢はいなかったが、如月の持参した丸薬でことは済んだ。
すぐに正気づいた龍麻は、何事もなかったように戦線に復帰し、仲間たちは、今日も10階以上を下った。
すべてがいつもと同じであったので、なぜこんな気分でいるのかがわからない。
わからないが、この何と言っていいかわからない気分が、龍麻の出来事に由来しているのだろうとは思った。
先を行く、蓬莱寺の肩口辺りにある頭を眺めて壬生は考えている。

龍麻が遅れを取ったのは、知る限りこれが初めてだった。
常に、先頭で切り込むのは、龍麻だ。
足で龍麻をしのぐ仲間はいない。
得物の特性からいけば、蓬莱寺だろうし、さらに適性なのは長物の雨紋だろう。紫暮や醍醐の耐久力は群を抜いており、普通に考えれば前線向きなのだが、龍麻は彼らをしのぐ素早さで、「先に出来るだけ当たらずに削っとくから」と言う。
龍麻が、深手を負う姿を、壬生は見たことがなかった。
だが、ようやく気づいた。
蓬莱寺よりも小柄で、醍醐や紫暮のような厚みはなく、武器による間合いもなく、ダメージを受ければ軽々と飛ぶ。ダメージを殺す跳躍が意味を成すには程度がある。さっきのあれは、龍麻の耐久力を越えていた。そういうことだ。
小柄な分、龍麻は戦闘での長所短所をうまく利用している。それがさっきはうまくいかなかった、それだけのことだ。次はうまくやればいい、続けてここまで来た時のように。そうすれば、こうして手傷を負わずに進むことが出来る。
分析は終わりだ。
これで、収まりの悪い気分が落ち着く。
顔を動かすたびに揺れる髪を見ながら、そう思った。

外は、すっかり日が落ちていた。
「これだから、女子は呼べねえんだよな」
旧校舎に入ってしまうと、時間が妙にずれる。今日は朝から降りて、休憩を含めて6時間ほどのつもりだった。ところが外へ出てみると時計は深夜近くを指している。
「しかたないっすね。誰か二ケツしますか?」
紫暮とアランは醍醐の家に泊まり、如月が雨紋と帰宅すると段取りがつけられた。
壬生は、ここしばらくと同様、蓬莱寺と共に龍麻のマンションに泊まることになった。
深夜営業のスーパーに寄って、適当に夜食を買う。
いつもはラーメンとうるさい蓬莱寺が、今夜は黙ってカップ麺を選んでいる。龍麻と蓬莱寺がカゴの取っ手を一つずつ手にして、ぶらぶらと通路を歩くのを、壬生は少し離れて歩いた。
「龍麻、これ食っとけ」
蓬莱寺は、だいぶ寂しくなった総菜コーナーで、ぽいぽいと見切り品のパックを取ってカゴへ投げ込んでいく。
「多すぎるんじゃないか?」
「バカ。お前のノルマだ。食っとかないと貧血起こすぞ。如月んとこのあれは、血は増やしてくれねーんだしな」
「そんな大げさな。三人分で考えれば良いんだよ」
龍麻が笑った。
ふわりと髪がそよいで、いかにもおかしげで、その表情が健やかで、壬生は蓬莱寺の言い分にふいと肩をすくめた。
がしゃん、とカゴが音をたてた。龍麻の手を離れた取っ手が、BGMのリズムとは違う速度でかしゃかしゃと網にぶつかって鳴った。斜めになったカゴを、蓬莱寺は、怒らせた肩の先でぶら下げ、龍麻を睨んでいる。
「……ごまかすな」
カゴを持ち直し、蓬莱寺はもう一つパックを放り込んだ。
「とにかく食っとけ、バカ」
龍麻は、少し肩を落とし、それから一歩進んで剣ダコの出来た手が握りしめたカゴに指をかけた。それが手ならば、繋ぐようなそぶりで、カゴの端に指を引っかけた龍麻が、ゆっくりと先導する蓬莱寺に付いてスーパーの通路を行く。
壬生は、静かに歩いていた。
前を行く二人から視線を逸らして、うるさく鳴っているBGMに聞き入る。
(くれは)
さっき、何を、龍麻は言おうとしていたんだろう。
あの緊迫した中で、彼が危険を冒し、声に出して語りかけねばならない何があったんだろうか。
それを尋ねもせず、気づきもせず、ただ居ただけの自分に、壬生はようやく気づいた。



あまりに大きな存在を前にしても、龍麻はいつも通り、静かで穏やかだ。
瓦礫と瘴気の立ちこめる、闇の支配する空間で、仲間は皆、そろって立っている。
「最後の戦い?」
そうなのかもしれない。
だが、けして倒れてはならない。
誰か一人だけが、皆の分まで傷を背負ってはならない。
それをわかってくれ、と声に出すのは今しかなかった。
明るい、目にまぶしいほど明るい深夜スーパーで、一瞬だけ激高した彼のように。
壬生は腹をすえ、声を張った。
「君は、バカだな、ほんとうに」
蓬莱寺の言うとおりだ。
龍麻の親友は、何もかもよく見通している。
だから、壬生は声をあげる。
龍麻に聞かなくてはならない。
(君は、ほんとうは何を言いたかったのか。
(何を思っているのか。
(僕たちを守る君は、僕たちに、君を守らせてはくれないつもりなのか)
それを明らかにして、その上でこう言おう。
「君はバカだよ」
戦いの幕があがる。
勝って、そうして、本当に始まるのだ。


壬生熱血編。こういう時、京一は本当によく動きます(当社比)

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