どうした、と問うたのは澳継だが、笑ってすませた。
富士から戻り、それぞれ身の振り方を考えている者もいよう。
己も、そうあるべきだ。
そう思う胸の内を知ってか、また、ちりちりと淡い、ささやきに似たさざ波が背を伝う。
葉の浮かべられた水桶を示されて、物思いから覚めた。
頭を巡らせば、龍斗が桶に手を沈めている。
澳継を呼んで順を譲り、龍斗のそばに寄った。
冷えた水の中、指が赤い。細かな葉が、手首のあたりに貼りついている。
その傍らに置かれた握りばさみを押しのけて、濡れた手を取った。
澳継は、その間に出ていったようで、座敷には二人だけとなった。人のさざめきがどこからか聞こえてくるが、ここは静かだ。
ふところから引き出した手ぬぐいで、手を包むと、ほのかなぬくもりに触れてか、腕から肩の力が抜けたようだ。
てぬぐいを開き、くるりと手のひらを返して甲を上向けた。
まだ傷の残る甲を撫で、そうして爪先に、固い己の指で触れる。
「切らなくてもよいよ、師匠」
「ほうか」
「ああ。このままでいい」
水につけて居らぬもう一方の手を取る。
そちらも、短く切られた爪だった。
痛々しいほどに深く切られたこの爪だから、浅く済んでしまったのだろう。
それでもうっすらと、茶色いものの気配が残る爪と皮との間を、見下ろした。
七草の浮いた水桶を、脇へ押しやった。
座敷には、誰もおらぬ。
そっと身を傾ければ、背のかき傷は、ちりちりとまた騒いだ。
もっと深く傷がつけば良いと思うが、きっと、爪は伸びないだろう。
それだけの時が残されてはいまい、そう思いながら、九桐は唇をあわせた。
※新年七日に七草爪(爪をその年最初に切る日) 夜の名残と別れの予感。※