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あらゆる鳥のしらべ

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豊穣 ・外法帖

※08企画 クリス主
サイトにも掲載しました。

「故郷では、いろんなものを育てていたよ」
異人はそう言い、遠くを見た。
龍斗は砥石に水をかけ、静かに研ぎの作業を続けた。


御神槌は、異人を村に置くと天戒が決めたのに伴い、率先して自宅へと招き入れた。御神槌や幹部の案に相違して、異人は慣れぬであろう生活にも果敢に挑み、皆はその姿に感嘆した。食べ物にしろ、言葉にしろ、ひそかに閉じこもって暮らす間にかなり努力したのだろうと思われるし、その努力は続いている。
その異人、クリスが、未だに苦手なのは、御神槌らからすると拍子抜けのするような、ごく些細なことだ。
クリスは、うまく屈む事が出来ないのだ。膝を曲げられぬ訳ではないのだが、腰を落とした彼の姿は、非常に不格好だった。風祭がその姿を一目見て、鼻で笑ったのが、大方の見方と思って良いだろう。何しろつたない格好だ、というのもどうも妙な話で、御神槌は、この世に屈めぬ者がいるなど思ったこともなかった。見よう見まねでクリスが屈むと、ふらふらと腰が定まらず、結局尻餅をついている。それを見て、子ども等を初め異人を怖がる者は減ったが、笑う者も多い。

だが、笑わぬ者もいる。
「綿畑が、一番広かったな」
「ほうか」
「トウモロコシも、同じくらい植えていた。飼料にも出来るし、トウモロコシ粉のお粥はおいしいしね」
「ふうん」
御神槌は縁側で膝を揃え、頁を繰った。白湯で喉を湿しながら、先頃、奈涸が持参した地理の書物を読み進んでいる。
その縁側の面した、ささやかな庭の陽だまりで、鬼道衆の手練れたる龍斗と、異人が、仲よさげに肩を並べている。
二人の間には桶があり、蹲踞で腰を落とした龍斗の前には濡れた砥石と鎌。クリスは、それを見下ろすように立ち、二人は、そのままぽつりぽつりと話をしている。
「綿畑は、とても広くてね」
「どんくらいながか」
「うーん、この…屋敷を幾つも並べたほど、かな」
龍斗が目を丸くするのを眺めて、御神槌は、その珍しく動いた表情と、異人の話の両方に驚いていた。
「どうやって耕したのですか? それほどの広さを」
「耕す必要は、あまりないんだ、ファーザー。綿の花は木に咲くからね。でも確かに摘み取るのは大変だ」
「たくさんの人が、働いていたんですねえ」
「ほうやねえ」
龍斗は、良い音をさせて鎌を滑らせながら笑った。
その顔を見下ろしていたクリスは、いつもかぶっているツバの広い、奇妙な笠を少し傾けた。まぶしい日差しをさえぎるような仕草で。
「綿は、あたたかなところで取れるものだと聞きます。お国はよほど温かいのですね」
「夏は暑かった」
だが雪は、あまり降らなかったと言うクリスに、龍斗が、これも珍しく自分から口を切った。
「うらとこは、よう降ったけど、こっちは降らん」
「龍斗師は加賀の生まれでしたね。あちらはそんなに降りますか」
「ごぼるくらい」
そう言って膝下ほどを指し示す龍斗に、クリスが目を丸くする。
なるほど、言葉のまだつたない者が相手なのでは、龍斗も口数少ないままでは居られぬのかと納得して、御神槌は一人うなずいた。
「綿と、トウキビと、他には?」
話を促すというよりもせかす、そんな龍斗も珍しい。よほど気を惹いたのかと思う。
ところが返事はなかった。
異人は、黙りこくってじっと足下を見ているようだった。その足下の影は、ごく短く、そろそろ日が中天かと察せられた。濃い影は、まだ夏の気配が盛んと知らせて、ぶんぶんと飛ぶハチの低い羽音が耳に心地よい。
何か、異人が暑さにあたりでもしたかと、御神槌は少し腰を浮かせた。
「クリス、どうしました?」
「いや……」
組んだ腕をほどき、異人は、その笠を取って黄色い髪をさらす。あおぐようにさっと笠を振り、目立つ髪を揺らした。
「いや、何でもないよ」
そう言って、ひょいと腰を落とした。
顔をしかめ、2度3度と肩を揺するように上下させて、なかなかうまく腰を落としたのは、それなりに習ったと見えて、御神槌は微笑んだ。
「龍斗、それ、ちょっと貸してくれないかい」
黙って、砥石ごと渡した龍斗の方は、腰を落としたまま小揺るぎもせずクリスの手元を見ている。
何度か鎌を砥石に滑らせたクリスは、じきにため息をつくと、どすんと地べたに尻をついた。
「……膝がしびれる。よくその格好を続けられるもんだなあ、ファーザーも龍斗も」
書見の膝を崩していない御神槌にも、半ば呆れたような顔を向けてから、クリスは首を振った。
「その、洋袴がいかんがと違うがか?」
細い仕立てで生地も厚い。それは血行も悪くなろう。
「なるほど。着るものが無くなったら考えるよ」
そう言って、異人は、その長い足を引きよせたたむと、あぐらをかいた格好で作業を続けた。
「龍斗の生まれたところでは、何を作っている?」
「お米」
この村にも、田はある。だが、加賀は米どころと御神槌も聞く。どのような稲穂かとふと思った。
「加賀は百万石と申しますね。加賀の田はどれほど広いでしょうか」
龍斗は、両膝にのせた腕の先で、軽くこぶしを握っていた。そのこぶしを、そっと開いては閉じながら、村の外から御神槌たちの前に舞い降りた男は静かに言った。
「目に入るだけ、ずっと」
ハチの羽音は遠く近く、とろりと暑い空気が縁側にもおよぶ。砥石を刃が滑る音、そして時折桶から水をすくう音がしている。異人は、黙って鎌を研いでいる。
「獅子吼の山、御前峰を背にして稲穂が続く」
龍斗が、軍議でもないのに1度にこれほど話すのを聞いたのは、あの小石川以来かもしれぬと気づく。
龍斗の目が、ふいと細められた。
「ずっと、黄色の稲穂が揺れとる。いっぺんだけ、見た」
「1度だけ? why? どうして?」
「外に出たがは、そんときだけやったし」
こともなげにそう言って、龍斗はますます目を細めた。もとの、こぼれそうな黒々した瞳を細めていて、おやひょっとしてこれは笑っていたのか、と御神槌はようやく気づいた。
「綿の畑はどんながかねえ」
「綿は……白い。雪のように白い」
cotton ballと言うのだよ、と笑って、異人は鎌を研ぎ上げた。
そうして、笠のひさしをひょいと上げ、水で濡れた手を空へ向けた。
「あの、雲のような色と形をした小さな実が、見渡す限り続くんだ。雪のように。それを摘みながら、皆が声を揃えて歌う。畝の木々の間をゆっくりと歩きながら」
異人の言葉に、御神槌の思い描けるのは、田の刈り取りをする百姓だ。
龍斗は、どこか不思議そうな顔をしている。なぜなのかは知らないが、外へほとんど出たことがないというのなら、何にせよ収穫を見たことがないのかもしれない。それを詮索する心が動かぬまま、御神槌は、書を見下ろし、そこに書かれたどことも知らぬ外つ国を思った。
「きれいながやろうねえ」
夢を見るように、龍斗が言う。
「きれいだったよ」
どこか夢をつぶやくように、異人は答えた。
さんさんと降りそそぐ日の下、龍斗の顔がほころぶのを、日の射さぬ縁側から御神槌は見ていた。
「稲穂は、今も見れる」
村の田はまだ青く、刈り取りまで、まだずいぶん時がある。怪訝な顔をする異人に、龍斗がなお笑う。
「ほら」
陽を浴びてきらめく髪を指した。




金と黒。白は暗闇からまぶしげに見つめてます。






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