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あらゆる鳥のしらべ

埋めつくす本たち
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懐かしい味 ・剣風帖


甘ったるい飴は、ミルクの匂いがする。
龍麻の頬がころりと動くと、まるで彼の匂いのように、鼻をくすぐった。

そんな、背の高い方じゃないからね、と笑って身を折りたたむ。
そうするとぴったり、床から机の高さにおさまってしまった。

「ほらね」

これで、窓や廊下からは見えないんだ、と笑った龍麻は、尻を浮かしてポケットを探っている。
壬生は、まさか龍麻のように机と机の間に座るわけにも行かず、窓枠にもたれるように立っていた。旧校舎は空き地とフェンスで隔てられて、窓に近づいて覗く者がいるとは思えなかった。こういう場所にはお決まりの、怪談もそれなりにあるらしい。

「だから、肝試しに来る子もいるかもしれないよ?」
「それなら、かえって良いんじゃないか」

汚れて曇った窓の向こうに、人影のようなものが見えれば、よい話の種だろう。

「それはそうだけど」

もし視線を感じれば、身を隠せばいいだけだ。
壬生は、龍麻の手元を眺めた。
包み紙をくるくると回して、白い飴をつまむ。

「紅葉が食べてくれれば早かったのにな。甘い物嫌いだっけ?」
「いや、それは食べない事にしてるだけ」
「なんで?」
「柔らかいから。歯にくっつくだろう」
「噛まなきゃ良いのに。俺、噛んだこと無いよ?」

薄くなったので、上あご切ったことならあるけど。
なかなか物騒なことをさらりと言って、龍麻は包み紙をきれいに伸ばした。

「皆、遅いなあ」
「そうだね」

今日のノルマを早々に達成した二人が、一足先に上がって、ここで待っている。この後、いつものようにラーメン屋で小腹を満たして、後は解散というのが流れだ。
龍麻は、両脇に並んだ机の一方に、体を寄せ、机の脚の間に腕を差し入れて、ぶらぶらさせながら壬生を見上げた。

「押入で秘密基地とか作らなかったか?」
「どうだったかな」
「俺は作ったよ。玄関の三和土に開いた傘を並べてドーム型基地とか、あとたたんだ布団って小さいベッドみたいだろ? わざと部屋のスミにくっつけて、そこを自分の部屋にしたつもりで椅子とか持ち込んで。椅子を引きずって畳表を切ったもんだから、怒られたなあ」
「外には作らなかった?」
「チビの時からインドア派です」
「そう」

枯れ葉を集めた覚えはあるが、何をしたかったのかは覚えていない。そう言うと、龍麻は笑った。

「焼き芋じゃないのか?」
「そんな知恵は回らなかった」
「ふうん」

くるんと、机の脚に手をかけた龍麻が、その小さな長方体に入りこんだ。
さすがに脚がはみ出ているが、膝を折りたためば収まらなくもない。

「地震になったら、まさに頭隠して尻隠さず。醍醐なんか絶対無理だね」
「男子学生がそこに入るとは思ってないんじゃないの?」
「えー、そういうものか?」

朗らかに笑って、天井に片手をあてた龍麻が、四つ脚を結ぶ横桟に靴底を押しつけた。軽く机そのものが揺れる。

「おっと。ほら、これもちょっとした基地気分だよ、ていうか、箱?」

細っこい手足を折りたたむようにして、おどけてみせる。
壬生は、ふい、と窓枠から背中を離した。
床に片膝をつくと、机の天板よりもやや下に目線が来る。まだ、龍麻を見下ろす位置だった。
龍麻は、机の座る側から潜りこんでいて、壬生はその龍麻に向かい合う形で机の上に両手をぴたりと合わせた。

「狭い」
「ひとり用の秘密基地だからね」
「……こうしたら」

床に座りこんだ格好の龍麻と、膝をついただけの壬生。
壬生の方に、動く余地があった。
机が動かないよう押さえたつもりではなかったけれど、龍麻が身をびくりと揺らしても、音はしなかった。
通路側に体を移して、壬生は顔を近づけた。

「……こうすると?」
「秘密基地じゃなくて……檻みたいだ」
「え?」

ぱかん、と開いた口から甘い香りがする。
くすぐったく、やわらかな記憶を掘り起こすはずの匂い。
なのに、その赤く血の色の浮いた皮膚ばかりが目についてしまう。

「そんなせまいところにいると」

甘い、甘い、練乳の匂い。

「つかまえやすくて、困る」

細い横桟と、細い四つ脚と、簡単にべこりと曲がりそうな物入れの天井。学校用の古ぼけた机の下に縮こまった龍麻を真正面から見つめて、壬生はささやいた。

「く、れは」
「しぃっ」

廊下か、どこかの教室で物音がする。
皆が戻ったのかもしれないし、外から他の生徒が入ってきたのかもしれない。見回りの用務員かもしれない、まず考えられないという話だが。
壬生は、そっと、顔だけを寄せた。
ふい、とわずかに後ろに下がった龍麻の顔が、止まる。水槽の中でひらひらと尾を振る金魚のような、気まぐれな動きに見えたが、机の下はせまい。さらに下がるには、脚を握った手も、横桟に引っかけた踵も、折り曲げた膝も、ぺたりと床につけた尻も、全部が邪魔をしていた。

「……はあっ」
「しっ」

息継ぎは、短く。
たしなめるようなささやきだけを残して。

「……甘い」
「うー」

小さくなった飴が、舌と舌の間で消えてしまうまで。





机の下。逃がさないのは得意です。

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