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あらゆる鳥のしらべ

埋めつくす本たち
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放課後 ・剣風帖

お久しぶりの。



いい加減待ちくたびれて、様子を見に来たが、龍麻はどこにもいなかった。
教室は授業中のまま、窓が開け放しで、風が吹き込む度にうるさく暗幕とカーテンが音をたてている。
蓬莱寺は、教室の後ろ扉から中を眺めて、頬を掻き、後ろ頭を掻いた。

龍麻の机にはカバンが残っているように見えないし、そもそも人影がない。
「ちっ、どこ行ったんだよ、あいつ」
まだ、本調子では無いはずだが、そうは言ってもう一週間経った。仲間が皆して気遣うのが重かっただろうかと気を回しかけて、肩をすくめた。
考えても仕方がない。
いないモノも仕方ない。
そもそも約束をしていた訳じゃない。
毎日のように、それこそ旧校舎行きの有無にかかわらず、無理矢理ついて行ったのでは、いくら龍麻がおっとりしていても、息苦しいだろう。
「何かありゃあ、今度は、携帯かけてくるだろうしな」
「蓬莱寺。お前、日直か」
唐突に、廊下から声がかけられた。蓬莱寺は即座に首をすくめて、ひらひらと手を振った。
「いや、ちがいまーす、さいならー」
これは逃げるに限る。そう思って、教室を後にした。


窓は開け放し、黒板の日付もそのまま。
ため息をついて、犬神は隣の教室に足を踏み入れた。
お節介は趣味ではないが、窓だけは閉めておかないと、カーテンにあおられて何かを壊しそうだった。
スリッパの踵を鳴らしながら、黒板のそばの窓に近づき閉めて、鍵をかける。横へずれながら窓を閉め、鍵をかけて、と後方へ進む。
「…………何してる」
蓬莱寺が、教室を覗きこんでいたが、何か探す風情だったのはこれか、と納得した。
窓と、机の間にはまり込んで、背を丸めて、膝を抱えて。
その上を、ひときわ大きな音をたてて、カーテンがはためいた。大きすぎるほどの音だった。犬神は、月齢が浅く助かった、と思いながら、無造作にカーテンをつかみ、それから3列向こうの生徒が、なおいっそう小さく丸まったのを見た。
「おい、緋勇」
窓を閉めたが、意図せず強く動かしたようで、これもまたひどい音をたてて閉まる。
大きく弾んだのが、肩どころか、体全体なのがわかって、やはり様子がおかしいと近寄った。
「どうした、お前」
机の奥行き分に体を折りたたみ、小さく小さく、何にも見つからないように。
そんな隠れ方を見て、胸のどこかささくれた場所が剥き出しになったような気がした。けして隠れきっていないのだ。そして、本人もそれをわかっている。
犬神は、身をかがめた。白衣のポケットに入れてあったライターと鍵とが、床に当たって音をたてた。
「……緋勇」
登校し始めて、すぐ、蓬莱寺たちが気にしている様子が、やけに目についた。一週間近く休んでいたのだから、というには、妙な気配だった。
そして、何より、ぴたりと準備室に近づかなくなった。
「龍麻」


京一たちが、ずっと心配しているのは知ってる。
他の皆も。
だけど、そんな心配されるほど弱ってない。体は、もう元に戻っているし、夢だって見やしない。学校にも来ているし、笑ったり喋ったりしている。
元通りだ。
そう思っていた。
日直だから、教室の戸締まりをして黒板を消して、と教室に残って、夕日がいっぱいに射しこんだ床と机とを眺めながら、カーテンを止めようとした。
白い、大きな布が、鳥が飛び立つような音をたてて波打った。握った手の中で、それは魚か何かのように激しく抗った。赤い夕日の色が、白を変える。
同じじゃない。
そう思った。
よく知らない子、名前しか知らない子が、自分のことを好きだと言った子が、意味も無く死んでしまったのに。

けれど、あの子は死んだのだけれど、毎日はやってくるし、京一たちと食べるラーメンはうまくて、こうして空いた時間には明日の授業は当たるな、とか、そんなことを考えて過ぎていくのが、ひどく間違っているような、でもそんなことを言われても困るしイヤだし、そんな風に考えることにも、そう考えさせる何かにも、すべてに無性に腹の立つ自分がいて。

そのままうずくまるしか出来なかった。
京一が呼びに来たのはわかった。けれど、声が出なかった。
あの聡い京一が、声をかけなかったのは、ひょっとしたら自分に呆れたからじゃないだろうか。
そんなことさえ、自分中心に考えることに腹が立ち、それも言い訳じみて思えてならない。
気がつくと、小さく膝を抱えたまま、壁にこめかみを押しつけていた。
鼻水が出てる、と思ったけれど、すすり上げるよりも先に、タバコ臭い布を押しつけられて、とっさに振り払った。
口と、鼻を覆われるのは耐えられなかった。
「……わかったわかった」
耳元で、低い声がした。
同じようにタバコくさいけれど、薄っぺらい布に包まれた、厚みのある何かに押しつけられた。少し暴れたが、今度は、向こうが上手だった。いつのまにか顔が埋まっていた。息は出来たし、イヤな薬の匂いもしなかった。
「鼻水つけてもかまわん」
つけません、と言ったつもりだが、声は、もぐもぐと肩か腕のあたりに吸いこまれた。
何も聞かれず、ただ頭のあたりを撫でられているような気がした。
こめかみの辺も、あたたかかった。やっぱりタバコの匂いがしたけれど。
風が、いつのまにかおさまって、夕ぐれというより、黄昏に近くなるまでだった。
そうやって、机と壁との間にはさまって、タバコの匂いがする白衣に顔を埋めていた。
それは、すごく、落ち着く時間だった、あたたかな巣穴って感じで。

「先生、ありがとうございました」
「鼻かんどけ」
それだけ言って、先生は立ち上がった。
俺は、まだ脚がしびれていて、膝を伸ばすのをどうしようかと悩んでいた。
「しびれた?」
ちょっとバカにしたように見下ろして笑って、それから先生は、廊下からの警備員の声に返事をしたみたいだった。
「すいません。窓を閉めていきますから、先にどうぞ」
俺には、手真似で、たぶんそのまま隠れてろってことだな、と思ったからじっとしていた。
廊下のずっと向こう、階段近くには明かりが付いているんだろう。教室は外からの明かりと相まってぼんやりと明るくて、先生の影が俺をくるみこむようにしている。
最後の鍵をかけて、カーテンを止めた先生が、また俺の前に来た。
廊下の天井が、パッと明るくなる。警備員の懐中電灯、ととっさに思った。その明かりが、ゆらりと揺れて、向こうへ行くのを息を少し詰めてうかがった。
タバコの匂いが、また強くなった。
そうして、俺と同じ高さまで身を低くした先生が、目の前にいて。

それで、俺は、どうしてだか、先生と、唇を合わせていた。



いけないオオカミ。弱みを見せたのでいただかれました。

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