さてどうするか、と腕を組んだのは、姉の‘のと’と、従妹の‘ひお’。
‘つぐら’は、2人の思案を邪魔をしないよう、槍をたくし込んで隅で待ちながら、今日が初陣の次期当主をうかがった。
傘とてぬぐいの下、最初は色の悪かった面が、今はほんのりと赤い。
「疲れたか?」
「いいえ」
だいじょうぶです、と言う声音のどことない幼さとは裏腹に、その顔立ちは驚くほど整っている。のとやいおも美人だが、えみの器量は桁が違う、とつぐらは思う。当主の面もそれは整っているが…
代を重ねる事に、半神に半神を重ね合わせて、そういえば、自分たちはもはや人よりも神の分が勝っているのだな、と夜斗が言ったのは、代替わりの時だったか、交神の前夜だったか。
えみの母は、太照天夕子様、天界二位にあらせられる高位神だ。
いつもは気に止めたことのないそれに、くらり、とめまいがしたような心地で、つぐらは槍を握る手に軽く力をこめた。
「つぐら兄とのと姉の父上だって、高位の日光天トキ様でしょうに」
変なことを仰る、とおっとり笑い、えみはこめかみのあたりを、手ぬぐいでふいた。
「父様は、潔斎を終えて、今頃は昼子様とご一緒でしょうか」
「どうかな。もう屋敷じゃねえかな?」
今度は最高神だ、そして、これでもう後はない、と夜斗は言った。
一族は、交神する相手を少しずつ少しずつかさ上げしてきた。よりよい血を、よりよい力を、と求めて、神々の血を取り込んできた。それでも、なんでもよいわけではない。父神と子を成したり、母神と子を成す訳にはいかない。それは、この家の、大江山を越えた後の、せめてもの矜持。
注意深く選ぶが故に、一族で子を成すのは、限られた者のみだ。だからいたずらに増築した屋形には使わぬ座敷や蔵が並び、そこに一時に住む者の数は、片手の指をわずかに越えるに過ぎない。
次が、最後なのだ。
えみは、剣士として夜斗の技をすでに継いだ。えみが次の当主になる。
そしてこたびの交神で迎えられる夜斗の第二子がその補佐となる。いおが、極めた技で後衛を、そして自分と、のと姉が脇にまわる。
「なんとか行けるな」
うむ、と頷くつぐらに、姉の声が飛んだ。
「やっぱりあと少しだけ進んで、塔の様子を見たら下がるよ、時間がない」
「おう」
「帰るのですか?」
えみが言った。
のと姉も、ひおも、前を進み始めていて、えみの声に肩越しで応じた。
「月が変わるから。一度戻って休む方が良い」
「私、野分を覚えました」
えみが、継いだ。
「このまま塔を昇りきってはダメでしょうか。もしかしたら、王墓のような抜け道があるかもしれない」
「それは…」
たしかにそうであればずっと時間を縮められる。
だが、抜け道のある迷宮の方が少ない。
「退魔の札も、養生水もありますし」
ソレを使う必要があるのは、えみと、のと姉だ。ひおとつぐらは、体が丈夫に出来ている。たぶん足りる。そう踏んで、つぐらはえみの肩を持った。
「なあ、のと姉。行ってみないか」
「あせって失敗したら、意味がない」
屋敷に残っているのは、夜斗と、一月違いのこだま姉の2人だ。この4人がどうにかなっては、交神で迎える子が戻ったとしても、立て直すのに時間を食う。それはわかる。
だが、もう、「後はない」。
いつもそうだった。
そして今、本当にもう後はないのだ。
「あんなふざけた札を下げる奴に、背中を見せるのは確かにシャク」
ひおが、つぶやく。
「そうだね…」
夜斗は、もう1歳と5月を越える。5つもの髪討伐の場に、常に居続けた。代々の当主は、ほぼ1歳8月を越えてきたのだが、当代はどうか。
そしてのとも、つぐらも、いおも、夜斗のいない屋敷を知らない。
夜斗のいない遠征も、これが初めてだった。当代はよく働く。次は、自分が出る、とこれもあらかじめ言っていた。
「夜斗が楽できるぜ、うまく見つけられれば」
これは博打。
賭場の博打も相場も、那智では御法度だが。
「……帰ったら怒られるな。覚悟しとこうか」
「よっしゃ」
「えみ、足ごしらえを確認しな」
「はい、のと姉」
4人、こうして塔へ足を踏み入れる。
誰ひとり、途中で戻る気などなかった。
かくして血脈の大願、ここに成就せり。