まっすぐと黒い瞳を見つめ、言った。
薄いまぶたが上下して、長い睫毛の緻密さが露わになる。
忙しくまばたいた龍麻が、怪訝そうにおうむ返した。
「賭け? 俺と?」
「ああ。せんせいと俺で。そうだな、王様ゲームでもいいか」
「じゃあ、勝った方が王様で、負けた方は」
「相手の言うことを『なんでも』聞く」
ボウルにつっこんだところで止まっていた手を再度動かし、つまんだモヤシの髭根をポキリと折った龍麻は、しごくあっさりと、うなずいた。
「いいよ」
まず、三本勝負と決めた。
「コイントスでどう?」
「あれは、ダメだ、せんせい。運まかせすぎる」
「じゃあクジで」
「それもだ。マリオとか…って、ここんちのPS、どこやったんだ?」
「あ、京一に貸したんだ、それとマリオは無いでしょう、PSだから。ぷよぷよかな?」
「ゲーム機無いなら無理だろ、せんせい」
「そうだねえ。どうしようか」
のほほんと言った龍麻が、ぐるりと視線を動かして、ふと笑顔をこぼした。
縁側のガラス戸を開け、つっかけを履いて庭に降りる。
「これで」
軽く屈んだ身を起こし、龍麻が差し出したのは、青臭い葉っぱといくぶん枯れ色をした穂先だった。
「草相撲ねえ」
「運まかせ、の要素もあるけど… まあいいんじゃないか?」
「仰せのままに」
そもそも言い出したのは村雨なのだが、それは脇にのけて、村雨は受け取った茎を龍麻のそれにからげた。
小さなかけ声と共に、お互いの指先の力が茎にかかる。
ぷつん、と切れたのは、村雨の方だった。
「俺の勝ち!」
朝から天気が良い。昼前の心地よい日差しを浴びながら、龍麻は沓脱に脚を垂らし、良い方の爪先を軽く揺すっている。
村雨は、その足先あたりに生えているオオバコの茎を、根元からていねいにむしった。
次は、指先に伝わってくる力を加減しながら、少し力をこめた。
ちぎれたのは、龍麻の方だった。
「んんー」
腰掛けたまま、肘を縁について下を覗きこむ龍麻のベルトあたりを、村雨は、少しの間やんわりとつかんだ。
「……転がり落ちたらどうすんだ」
「落ちなかったよ。さ、決勝戦やろう」
三回戦。
茎を絡めて、声をかけられたその瞬間、村雨はさっと勢いよく手を引いた。
あっさりと切れたのは、今度も龍麻だった。
「勢いだな、これは」
「ほんとだねえ」
鼻歌まじりに、村雨はぽいとオオバコの茎を放って、腕組みをし、胸を反らした。
「俺の勝ちだな?」
「うん」
にこにこと、縁側から垂らした脚をそのままに、龍麻は軽く上向いて村雨を見上げた。
「じゃあ、命令をどうぞ、王様」
「……王様ゲームって、こういうのだっけ」
「そうだ」
「なんか違うと思うんやけど」
「違わない。さ。次だな」
「いや、やっぱり……」
「せんせい。勝負に勝ったのは?」
「祇孔です」
「で、俺の命令は?」
「『負けた方は…』」
口ごもる。
その口元をちょいとつついて促した村雨は、台所へ戻っていく。
ため息をついて、龍麻はもう一度、繰り返した。
「『負けた方は、勝った者に一日奉仕される』……やっぱりこれ王様ゲームの主旨に反してると思うんだけど。勝った方が王様で、村雨がそうなわけだから、普通は、負けた俺が村雨の言うこと聞いて奉仕するんじゃないか?」
「俺が、そう命令したならな。さ、せんせい、次はどこをやる?」
布巾をちょいと振りまわして、台所から縁側へ村雨は声を張った。
「いや、もう充分です。うちの茶碗もグラスも、そんな磨くような高級品じゃないよ……」
ひょいと布巾をハンガーに掛けた村雨は縁側へ出て、龍麻の横でなめらかに膝をついた。
「じゃあ、マッサージをもういっぺんやるか。せんせい、脚出しな」
「もう充分ほぐれたって!」
手を止めた村雨が、気がかりそうに龍麻の顔を覗きこんだ。
「……ひょっとして痛かったのか?」
「いえいえ。気持ちよかったです。あんなにうまいなんて知らなかった」
「そっか、そりゃ光栄至極」
口笛を吹きそうな勢いで、今度は肩を軽くさすられて、ひゃっと飛び上がった。
「くすぐったいか? 加減するから言えよ」
「……くすぐったくはないです、はい」
大きな手が、首筋と肩を覆うようにして動く。
すぐに、龍麻は体から力を抜いて、目を細めた。
「……うー」
「他は? せんせい」
「もうちょっと、右」
「よし」
肩から肩胛骨へとゆるやかに伸ばされ、押されて、ため息をついた。
「上手だねえ、やっぱり」
ふっとこぼれ落ちるように、やっぱりという言葉に引かれたように、もう一言が、はみ出した。
「マサキさんに悪いなあ……」
「……なんだ、そりゃ」
温かな手は、止まらなかったが、声は少し高かった。
「うーん……」
「せんせい」
「んー」
首を、くっと前に倒すように伸ばされて、声が、小さく遠慮深く伸びた。
「……気持ちいいか」
返事をせず、くるりと龍麻は上体をひねって体を奥へ押し出した。
「王様」
「……何だ?」
「王様の命令は、奉仕されてろ、だね?」
「そうだな」
首の後ろに当てられた手が、優しく動いている。そっと、解きほぐすようにさすってくれている。
「それに、注文つけていいのかな?」
「止めろって以外なら」
そっか、とつぶやいて、曲げにくい脚を手で引きよせた龍麻は、そのまま床に手をついて腰を浮かせた。
「……この姿勢で、さすってもらって良いでしょうか、王様」
胸をあわせるように、上体を近づけ、ぐっと曲げた良い方の膝を、組んだ村雨の脚ぎりぎりに寄せる。曲がりきらない脚は、後ろへ伸ばした。
少し強(こわ)い、整髪料のうっすらと香る髪に鼻先を埋め、顎を、肩先にのせて待った。
「くすぐってえな」
「ご、ごめ、」
後ろへ引きかけた背中を、ひょいと首筋からはずれた掌が押さえる。
「だから、しっかりくっついてろ」
頬と頬をあわせる。
他に置き場所がないから、とつぶやいて、龍麻の両腕は、村雨の背にまわった。
「ヘンな賭けだね」
「まあな。だけどいいじゃねえか」
そう呟く村雨の頬は熱いと龍麻は言い、龍麻も同じくらい熱いと言い張る村雨だが、やがてそれも静かになった。
縁側の下には、オオバコが散らばっている。
============================================================================
※王様ゲームの肝は、王様に(無理な)命令されて右往左往する人を見るところにあるんじゃないかと思います… つまりやっぱり宴会ゲーム。運の強い男はとにかく龍麻のため、涙ぐましい彼なりの努力をしています。素直なようでそうでもない龍麻をいかに可愛がろうか、という彼なりの。※