固形燃料と、その上に据えたヤカンとが、しゅうしゅう音をたてている。
空焚きになってもいいさ。
そう言ってやったら、捕まえていない方の手で頭をはたかれたが、同時に頬のラインが強ばった。
たいしたことない、と言い張っただけに、声も表情も変えなかった。わずかに線が堅く見えた一瞬だったが、それで充分だ。
「そっちも出せ」
もう、言い訳は無かった。
ヤカンを下ろし、コンロの炎をしぼってから言えば、諦めたようなため息と共に、手袋を外した両手を差し出す。
紅い袖から覗く腕にも乾いた血がこびりついていた。
相変わらずだぶつく袖を、肘の下までたくし上げてから、もう一度、薄い殻のようになった血を、布で軽くはらっていく。
傷にとりかかる前に、水筒から布へ勢いよくかけると、小さく声がしたものの、目を合わせないままで、しかも、ゼロスの肩がぴくりと動いたら、差し出した手ごと、きゅっと縮こまって動かなくなった。
「あのロープ。店のおじさん、絶対切れねえって保証してたけど、ほんとにそうだったよな。今度寄った時には、ちゃんと報告しないとな」
軟膏は、リフィルが以前寄こした処方箋が元だ。効き目もいいが、香りが良いと喜ぶので、抗生物質だの何だのというテセアラ製医薬品よりも多めに用意している。
だが、この掌を深くえぐれた傷を見て、テセアラ製を持ってこなかったことを深く悔いた。
ロープを使った下降で怪我しただろうことを、今になるまで確かめなかった事を悔いた。
そういう質だと知っているのだから、さっさと首根っこを押さえるべきだったのだ。
顔をしかめていたのを、見とがめ、問うておくべきだった。
戻って、ちゃんとした宿に泊まるべきだった。
あぐらをかいた膝頭に降り積もった茶色の欠片が、もう少し薄い色のしずくが降りかかり、色を増して染みつく。
ゆるく絞った布が、汚れを取るよりも痛みの方を与えているのではないかと恐れたが、明るく話す声が一向に止まないので、続けるしかなかった。
「今度行ったら、あそこの飯屋行こうぜ。うまそうなメニューいっぱいあった」
軟膏を塗るというよりも、埋め込むようにしてから、もう一枚の布を裂き、両手に巻いた。
端を結んで、ゆるみがないこと、きつすぎないことを確かめてから、両膝に肘をかけ背を丸くこごめた。
両手で顔を覆いたかったが、軟膏でべたべたなのと、垂れた髪がうつむいた顔を充分に隠しているので諦めた。
ため息ではなく、本当に、吸いすぎた息が苦しいような気がして、長く長く息を吐いた。
「……お茶、入れるか?」
そう言うお前の手は、物なんか持てないぜ、オレ様がグルグル巻きの繭玉状態にしてやったからな、ざまーみろ、という台詞が、本当に頭の表面をすべっていくのを実感して、ますます背がたわむ。
うつむいた視界に入るのは、いささかくたびれてきた靴、自分の白いズボンと、膝を中心にして広がった汚れ。垂れた髪が覆って、その小さな空間はオレンジ色の夕ぐれ時だ。
「ゼロス」
真っ白な繭玉が二つ、オレンジのカーテンをくぐる。
左右の膝を、立て膝の赤い脚が挟むようにくっつけてきた。
いつもは、未だに残る身長差を、座りこんでも合わない視線の高さでゼロスにからかわれるのをいやがって、むきあって地べたに座ろうとしないのだ。
かかとを地面に押しつけ、膝と尻とをじりっと動かしてもう少し寄ってきた。
繭玉がゼロスの膝にのった。
「なあ、ゼロス。全然、痛くないぞ? リフィル先生の軟膏はよく効くから!」
ズボン、汚れちゃったけどだいじょうぶか、とこの期に及んで言う口を思い切り引っぱってやるには、うつむけた顔を上げるしかない。
もう一度、今度はため息として長く吐き出してから、ゼロスは、繭玉の上、肘あたりを軽く握った。
「じゃあ、痛くないって証明で」
「何、証明か? いいぞ」
「ロイドくんから、ちゅーしてくれたら、信じるよ、オレ様」
やかんの湯が冷め切る前に、キスしてくれるだろうか。
柔らかな掌をつつみこんだ布を、早くほどいてやれますように、と願いながら、ゼロスはオレンジ色の幕から顔を上げた。
夕暮れ時まで、まだ時間はあったが、真っ赤に染まった顔が待っていた。
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※両手でロープ握りしめて、「ゼロス、今行くぜ!」とか言いながら、一気に崖をシューッと滑り降りたら大惨事。そして囮作戦を了承する時に、細かなところを押さえておかなかった自分を、深く反省するゼロス※